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Masako(叶正子) プロフィール

1952年、熊本県熊本市生まれ。毎日新聞の記者だった父と、警察署の電話交換手だった母の第1子。間もなく父の転勤で福岡県門司市に移り、以降も、東京都、埼玉県、北海道と転校を重ねる。この間、母がいつも口ずさんでいたジャズ、イタリア&ロシア民謡、シャンソンを聴いて育つ。母は合唱が好きで、2人の弟と共に4人で混声合唱をすることも多く、この家庭環境がmasakoのハーモニー観の基礎になった。

1960年代後半、札幌市で過ごした中学・高校時代は、ビートルズに熱を上げ、その一方、PPM、ブラザーズフォー、カーペンターズ、日本のGSなどを夢中で聴いた。ジャンルにこだわりは彼女の第2のバックボーンとなる。

1972年、弟・高の誘いでヤマハのオーディションを受け、masakoだけ合格。明治学院大学仏文科に在学しながら渋谷のヤマハ・エピキュラスタジオでヴォーカルレッスンを受け始め、音楽活動に足を踏み入れる。

1978年に、masakoと2人の弟、従姉というそれまでにない血縁男女2人づつという編成のヴォーカルグループ「サーカス」がデビュー。「Mr.サマータイム」と「アメリカンフィーリング」が立て続けに大ヒットし、音楽界に地歩を築いた。サーカスはその後、1984年に原 順子が加入、1988年に末弟の叶 央介が復帰などのメンバーチェンジを経ながら、ハーモニーを重視した音楽活動を続ける。

1990年、サーカスは日野皓正のプロデュースで、ニューヨークではほぼ10年ぶりとなるレコーディングを行う。日野のプロデュース手法やNYという街そのものが、刺激的な体験としてmasakoの胸に深く刻まれた。この後、映画音楽をテーマにした「ドラマティックコンサート」やNHK教育テレビの「英語ポップス歌唱法」などへと、サーカスは活動の幅を広げる。

1995年、ピアニスト1人だけの「アコースティックコンサート」を開始。これまで以上に4人のハーモニーが際立つと評価され、サーカスの定番コンサートの一つとなって今日に至っている。
1997年、演劇的な要素を多分に含んだサーカスの青春ポップス物語「Diary?そこにはいつも歌があった?」が好評。また、この年からプライベートCDとして『HEARTシリーズ』の制作を開始し、現在では4作品をリリース。

1998年、サーカスはグループとして年2?3か月の充電期間を導入。メンバーはこの期間を各々のリフレッシュやソロ活動にあてている。masakoもこれを機に、インスピレーションあふれる街NYを毎年再訪し、昼はヴォーカルレッスンや英会話を学び、好きな野球観戦なども交えながら、劇場やライヴハウスで生の音楽に身をゆだねている。



2004年、アルバム「Inside Joueney」でmasakoとしてソロデビュー。コーラスとは違う魅力を発揮。

2009年アルバム「ザ・デュエット 7物語」発売

 

 

 
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